最大感度 | Feeling the oscillation

諸仏の空間 Z は水面のように波動性があって、ある任意の一点の振動が速やかに、あるいは千年かけて、全空間を覆う。仏教徒が「修行」と呼ぶ訓練は、この振動に対する感度を最大にする努力なのだ。無限大の感度をもった眼には、山や海はこう見えるという: 而今の山水は古仏の道現成なり。ともに法位に住して究尽の功徳を成ぜり。 |正法眼蔵第二十九・山水経 而今(いま)ある山や水は、古いにしえの仏の道(ことば)である。ともに仏法の中にあって、功徳の限りを尽くす。–––古仏の覚りは現在の山河にまで達している。あの山もこの水も仏法に覆われている。これを「究尽の功徳」と言わずして、何と言おう。 山水が「古仏の道現成」つまり、覚りの表現であるというのは、少々説明を補う必要がある。ふたたび物心連続仮説が役に立つ。山水は、山水をみる眼や心と無関係には存在しない。Z における対象の名は、同時に、対象を見る眼の名なのだ。古仏の覚りは、山河を見る而今のあなたの眼に到達すると同時に、山河にも到達する。   Space Z of buddhas, described in Shōbōgenzō, seems to be like a water surface: an oscillation at any one point propagates to the space’s furthest end in one second or in thousands of years. Shugyō, the trainings which buddhist monks are engaged in, is an effort to... Continue Reading →

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